美濃陶芸庄六賞茶陶展

このあいだ、岐阜高島屋にいったら美濃陶芸庄六賞茶陶展が回ってきていたので立ち寄った。時刻も遅く混雑していなかったので、ゆっくりとみられてよかった。それにしても有名作家の作品は高い。どうやって値段を付けているのかわからないけれど、そんなに高くなるものなのか。茶碗は特に高い。となりのぐい呑みにいくと十分の一ぐらいの値段だ。ぐい呑などの酒器をコレクションするという人の理由もそこにあるかもしれない。

美濃陶芸協会のページにのっているとおり、今回の庄六賞は耀彩天目の水差しだった。天目っていまいちわかんないなあ、とずっと思っていたんだけど、天目にもいろいろあってけっこうおもしろいと感じて気になっている。コラムのとおりで、岩田渓山の耀彩天目は闇夜の星のようだった。ところで〇〇天目っていうものには何種類ぐらいあるのだろう。

最近気になるのが黄瀬戸だ。このあいだ教室で作った一輪挿しに黄瀬戸をかけたらなかなかいい具合に濃淡が出てしまった。下手なだけでも、それもそれでよく出来のはうれしい。でもこういう所で見る黄瀬戸はそういうのとは全く違う。今回の庄六賞茶陶展にも安藤日出武の黄瀬戸の茶碗があった。いわゆる油揚手というのがこれなのか。ブツブツとザラザラがいい。そういえば写真で見た加藤唐九郎もブツブツザラザラしていた。これは黄瀬戸なのか。自分が黄瀬戸じゃないのか。

こういう展覧会はいろいろな人の作品をまとめてみられるのでおもしろいとおもう。いろいろありすぎて混乱して帰ってくることも多いけれど、いろいろな人の作品を比較してみるのは勉強になる。どからどこまで存在しうるのかとうことをちょっと知ることもできる。

見たことがあるようで違う茶碗

鼠志野茶碗
Creative Commons License photo credit: Yuya Tamai

どことなく見たことが、あるような、ないような、鼠志野の茶碗だと思う。銘は潔く「峰紅葉」だ。本当のことを言うと、この茶碗は陶芸体験教室で作って、つい最近になって完成して送られてきたものだ。形は全く似ていないけれど、そういうことを気にしてはいけない。

陶芸「体験」なので、茶碗を作る過程で私がやったというのはろくろで形を作るだけだ。だから形はまったく似ていないのだ。ろくろでこれだという形が決まったら、釉を自分で選ぶことができた。形が決まったといってもこれ以上触ったらぐちゃぐちゃになりそうだから手を打ったというほうが正しい。ともかく釉薬は鼠志野を選んだのだけど、そのときに思い出したのが峰紅葉という名のついている茶碗だった。正直にいえば、鼠志野の茶碗といって、これしか浮かばなかっただけなのだけど。直前に本で見たのがその茶碗だったのだから、そんなもんである。ともかく「亀甲の絵の有名な茶碗で・・・・・・」と言ったら「峰紅葉ですか」と言ってもらえた。そんないきさつから、「そんな感じに仕上げてください」と頼んでしまったのだ。

それはさておき、愛知県陶磁資料館では10月3日から11月23日まで「志野・黄瀬戸・織部のデザイン」が開催されていて、そのなかに峰紅葉の茶碗もあるみたいだ。ほかにもいろいろあるみたいで、美濃焼の茶碗が大集合という感じなので、なんとか足を運びたいと思う。やはり、写真で見るのと、本物を見るのとではなにかが違うらしいということが分かってきた。たとえガラス越しでも感動できるのはやはり本物なのだ。そのときはわけがわからず周りに合わせて感嘆しておくとしても、あとからじわりじわりと思い出しては膨らんでくるなにかがある。ますます行ってみたくなってきた。