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  • 「ソロダイニング」の流儀──一人客への視線と食への没入

    一人でレストランに入り、美味しい料理を楽しむ。その行為自体には慣れていて、心が落ち着かないということはない。

    それでも、頭の片隅にはいつも小さな疑問が残っていた。レストラン側や周囲のテーブルから、自分はどう見えているのだろう――という視線の問題だ。「手持ち無沙汰に見えていないか」「一人客は店にとってありがたくない存在なのではないか」といった、わずかな気後れのようなものだ。

    そんななかで、何気なく読んだミシュランガイドの記事で「ソロダイニング」という言葉に出会った。それは、一人で食事をする行為を、単なる「孤食」ではなく、洗練された外食のスタイルとして捉える概念だった。

    記事を読み進めるうちに、「寂しい一人飯」というイメージはすでに過去のものとなり、一人客の扱われ方や評価が高まっていることを知った。他のメディアにも目を通してみたが、どれも前向きなソロダイニングを描いていた。

    現在、世界的な生活様式の変化に伴い、一人客の存在感は増している。予約システムの工夫やオープンキッチン中心の空間設計など、レストラン自身も、一人客を「歓迎すべき重要な顧客」として捉え始めている。一人客は料理提供のテンポが良く、滞在時間も適度に収まるため、レストランにとっては実に合理的な顧客として重宝されている面もある。

    店に歓迎されていると分かれば、あとは自分の食事を楽しむだけだ。誰にも気を遣わず、会話で味覚を邪魔されることもなく、目の前の一皿だけに五感を集中させることができる。その没入感は、洗練された豊かな食の楽しみ方である。余計な気後れを抱く必要はもうない。いまは、自信を持ってソロダイニングを楽しめる時代になっている。

    【参考】
    The MICHELIN Inspectors’ Top Tips for Solo Dining – MICHELIN Guide

  • 食の三層構造──グルメ、グルマン、フーディー

    私たちは日常的に「グルメ」や「フーディー」という言葉を使い分けている。しかし、これらは単なる類義語ではない。語源とその変遷を辿ると、食卓には、秩序、身体、情報という異なる文化的態度が折り重なってきたことが見えてくる。本稿では、言葉の誕生と歴史的背景を手がかりに、近代からポスト近代に至る食の三層構造を明らかにする。

    第一層:秩序の生成──近代美食における身体の混線

    現代でこそ洗練された美食家を指す「グルメ」だが、18〜19世紀のフランス語圏では gourmetgourmand の境界は曖昧だった。語源は古典英語の grom(若い男子)に遡り、ワインの運搬や仲買を担う職能を指していた。求められたのは、産地や品質を見極める技術的な識別能力である。

    レストラン文化が成立し、美食批評が生まれた18世紀末から19世紀初頭、この語は社交界に取り込まれ、階級的な権威を帯びていく。その結節点に位置するのが、1803年にグリモ・ド・ラ・レニエールが創刊した『アルマナ・デ・グルマン(Almanach des Gourmands:食通年鑑)』である。近代美食の出発点において、のちに「知識による秩序」の象徴となるグルメと、「旺盛な身体性」の象徴となるグルマンが、最初から分かちがたく混線していたことは注目に値する。

    グリモは、キリスト教道徳において悪徳とされた gourmand を、経験に裏打ちされた味覚を備えた主体へと再定義した。革命後の混乱の中で台頭した新興富裕層の食欲を、新時代を駆動するエネルギーとして捉え直したのである。ここで形成されたのは、味覚を階級的に序列化する近代的な秩序であった。社会学者ピエール・ブルデューが示したように、洗練された趣味は階級的優位性を誇示し、境界線を引く装置として機能する。グリモは、身体性と秩序を同時に抱え込んだまま、美食批評という近代的メカニズムを立ち上げた。

    第二層:身体の反転──グルマンと老饕の非対称性

    規律の内部に埋め込まれた身体性を、さらに過激に拡張し、秩序の突破口としたのが「グルマン」のレイヤーである。グリモが再定義したグルマンは、暴食の罪から、経験と欲望を兼ね備えた主体へと反転した。ここには、否定された身体性が文化の転換点で肯定されるという構造がある。

    思想家ミハイル・バフチンが指摘したように、公式な秩序が忌避した肉体性の解放は、硬直した道徳を突破する力となる。グルマンの系譜には、この祝祭的なエネルギーが流れている。

    一方、東洋の「老饕(ろうとう)」は、西洋のグルマンと同じ構造を持ちながら、異なる方向へ展開する。北宋の文豪・蘇東坡は、政治闘争に敗れ流刑の地で自らを老饕と名乗った。饕餮(とうてつ)はすべてを貪り食う怪物であり、その名を引き受けることは、儒教的な政治秩序から距離を取り、日常の悦楽に身を委ねる精神的実践であった。

    西洋のグルマンは、新興ブルジョワジーの台頭という社会的エネルギーを背景に成立したのに対し、東洋の老饕は、知識人が既成の権力構造から距離を取り、隠逸的な精神の自由を確保するための実践として生まれた。両者のあいだには、同じ構造を共有しながらも、明確な非対称性が横たわっている。この非対称性こそが、食文化における身体の多様な位置づけを示している。

    第三層:情報の再編集──フーディーと身体性の揺り戻し

    1980年代の高度消費社会、そして現代のデジタルネットワーク時代に登場したのが「フーディー」である。彼らは伝統への畏怖を持たず、初期のグルマンのような物質的陶酔にも没入しない。食卓を、自らのアイデンティティを表現し共有するメディアとして扱う。

    哲学者ジャン・ボードリヤールが論じたように、消費社会ではモノの機能ではなく、記号やストーリーが消費される。フーディーの関心はまさにそこに向かう。しかし21世紀のSNS時代には、この記号化はさらに深化する。食は写真・動画・レビューによって可視化され、アルゴリズムが選択を誘導し、私たちは身体の味覚よりもネットワークの味覚に従って食を選ぶようになる。

    興味深いのは、こうした情報化の只中で、フーディーが「自然派ワイン」「発酵」「ローカルフード」といった身体性の再発見へと向かう点である。しかしその回帰すら、アルゴリズムの海の中では新たな文化資本として再編集され、記号として消費される。ここでも身体は情報化の只中で姿を現し、しかし同時に記号として再編集されていく。フーディーとは、身体性すらも情報として扱わずにはいられない、ポスト近代の宿命を生きる主体なのである。

    結び:身体の不可逆性としての食卓

    ルールによって秩序を形成したグルメ、身体の反転を通じて既存の価値を揺さぶったグルマン、情報環境の中で食を再編集するフーディー。この三つの語の変遷は、食卓が近代・反近代・ポスト近代という異なる時代の構造をどのようにまとってきたかを示している。

    しかし、どれほど情報が可視化され、選択がアルゴリズムに委ねられようとも、食べるという行為は身体の不可逆性に依存している。味覚は共有できず、摂取は代替できない。食卓は常に物質としての制約を持ち、情報化された欲望の外側に位置する。

    食を巡る言葉の変遷とは、時代ごとの価値体系や権力構造の変化を映し出すと同時に、人間が身体という基盤から離れられないことを示す歴史でもある。

  • 香港映画のロケ地を巡って

    私は香港映画が好きだった。いつか香港映画のロケ地を見て回りたいと思っていた。ちょうど花様年華の25周年の映画公開のタイミングで、ついに香港に行くことができた。そこで懐かしいロケ地を見つけるたび写真に収めた。下調べをしてから訪ねたものの、当時の建物はすでに姿を消していたということも多かった。ここにその写真を並べ、私自身の備忘録としたい。

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    まずは、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」に出てきたミッドレベルエスカレーターだ。世界で最も長いというエスカレーターである。20本ほどのエスカレーターと歩く歩道が連結されて、全長800メートルに及ぶ高低差を繋いでいる。この途中の何処かに、トニー・レオンの扮する警官663号の家があるはずだ。フェイ・ウォンがエスカレーターから覗いていたあの部屋は、撮影監督のクリストファー・ドイルが当時住んでいた部屋だったそうだ。エスカレータに乗ってみると、その脇の薄いすりガラスのすぐ先に誰かの生活の存在を感じるほどの距離感だ。

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    「恋する惑星」といえば、原題の「重慶森林」にもなっている重慶マンションにも寄った。外見上は何ということはないショッピング街に見えたけれど、奥に少し入ってみれば、想像以上にごちゃごちゃしていることがわかった。

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    一歩足を踏み入れると、あの映画のままの独特の混沌とした空気に包まれた。この隙間を縫うように金城武が走って行くシーンは鮮明だ。ブリジット・リンが銃を持って逃げたのもここのはずだ。

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    重慶マンションの上層階はゲストハウス(安宿)の集まりになっていた。「天使の涙」で、この何処かに金城武が父子で住んでいる場所があった。金城武が手持ちのビデオカメラで嫌がる父親を撮影しているシーンがふいに思い浮かぶ。

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    「恋する惑星」では、トニー・レオンがフェイ・ウォンと話をする軽食スタンド(ミッドナイト・エクスプレス)があった、その場所は、いまはセブンイレブンになっているらしい。写真は別の場所のセブンイレブンだけど、どこからともなくカリフォルニア・ドリーミングが聞こえてきそうだ。

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    香港といえば夜景だ。香港島からも、九龍からも、素晴らしい夜景が見られた。しかし、「2046」に出てきたようなネオンサインは最後まで見られなかった。時代の移ろいと共に、あの鮮やかな光景は姿を変えてしまったようだ。

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    香港の中環にある旧最高裁判所だ。これもいろんな映画で見かける。「男たちの挽歌」では、タバコを吸うチョウ・ユンファの背景に出てくる。

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    香港のいたるところでマクドナルドを見かけた。香港でマクドナルドと言えば、私にとってはピーター・チャンの「ラブソング」だ。レオン・ライがハンバーガーのトレイに敷かれた紙を持ち帰って、それを便箋にして本土の恋人にあてた手紙にするというシーンを思い出してしまう。カウンターでトレイを受け取った相手がアルバイトをしていたマギー・チャンだったというあの瞬間の映像も、不意に脳裏をよぎる。

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    写真は未だに現役の香港トラムだ。外見はきれいにペンキが塗られ、広告が貼られているけれど、中はおどろくことに木造なのである。香港トラムといえば、レスリー・チャンとアニタ・ムイの「ルージュ」だろう。歴史の積み重ねを感じさせる木造の骨組みに触れて、そんなことを思った。