満員の個室便所

僕はときどき満員の便所のことを想像する。この部屋に入るとすでにすべての便器がうまっていて待たされるという状況だ。しかたなく部屋の脇の方で申し訳なさそうに空くのを待つ。申し訳ないのはむしろこっちの方だ。使えなくて待たされている方なのに、先回りして使っている人に気を使わなければならないからだ。

便所の入って、あまりにも満員であることが唐突で、部屋の隅の方で待つというところまで自分をコントロールする余裕が無い時は、所在ない気持ちを抑えるために用もないのに個室に入る。用もないから個室のドア越しに外で便器が空くのを耳を済ませて待っている。よしきた、と思って出て個室に向かおうとした瞬間に、また別の誰かが入ってきてその待ちわびた便器を占領されたとき、僕はもうどうしてもカッコ悪いのを知っているから必死に平静を装って洗面台で手を洗ったふりをして、別の階の便所に向かう。そこのところはちょっとだけ、いさぎよいと思う。

それでも、その別の階でも、便器が埋まっていたとき、またしても個室に逃げ込む。そうして、スケルトンになった建物のすべての階の便所の、男子用と女子用のすべての便所の、個室と便器が埋まっているのを想像してしまう。その建物の便所ゾーンが一階から九階までまで縦に並んでいて、まるでそれはエレベーターみたいなのだ。そしてその建物のすべての階の全ての個室のみんなは満足そうにしているのに、自分独りだけドアに身を寄せて外の様子を伺っているのだ。個室とはなんて孤独なんだ。

正しいカレー

私は優等生だから「正しい」ということに安心する。正しいというだけで安心し、正しくないというだけで不安になる。なにをみてもそれが正しいかどうかと真っ先に考えてしまうのだ。それは正しいのだろうか。

カレーには四つある。「左がカレーで右がライス」、「左がライスで右がカレー」、「手前がカレーで奥がライス」そして、「手前がライスで奥がカレー」だ。見た目に正しいのは手前と奥に分かれるパターンだと思う。左右にカレーとライスが配置されるのはどうもバランスに欠けると思う。人間は左右のシンメトリーに安心を感じるものだ。だけど実際に食べる時となると話は別だ。左にライスで右にカレーを持ってきた方が食べやすいと思う。カレーライスは、カレーとライスの境界線で食べるものだ。そして日本人は箸をスプーンに持ち替えたところで、箸の使い方しかできないのだ。スプーンを手前や奥に押したりするのは苦手だ。だからたぶん、右にあるカレーを左のライスに持っていくのが正しいだろう。

ただ、レストランでカレーを注文するとカレーを手前に向けてを持ってくるウエイターが多い。美的に正しいからだ。だけど、私は思わずウエイターを目を遣る。視線がこちらをむいていないのを見計らって90度だけ右に回転させる。この90度の回転というのは正しいのだろうか。だけど多分、全国のレストラン、洋食屋、カレー専門店で行われているに違いない。私がカレーを90度回転させているとき、別の場所で誰かが90度回転させているのだ。カレーを食べようという瞬間、私は見知らぬ誰かとシンクロしている。カレーってなんと楽しい食べ物なのだろう。