CanCam!?

おいおい。CanCamってなんだよ。キャンキャンっていうからCanCanだとずっと思ってきたのに、CanCamって。これじゃ、キャンキャムだよ。あわてて姉キャンを調べたらAneCanなんだってさ。Canを取るかCamを取るか、難しい問題だよねって気になったのに、説明もなくAneCanと言われて納得できるはずもない。

このCanやCamって何かを省略したものなのだろうか。絶対にそうあって欲しい。意味もなく語呂だけでCanCamって名付けたのだったらかなりのものだ。Can=(助動詞)できる、Cam=Camera、と瞬間でも感じてしまった私はどうかしている。それでも何の意味もなくいきなり「キャンキャン」をひねり出したというのではどうにも納得できない。なにか理由をつけて欲しい。

そういう意味でJJなんてもってのほかだ。JJという言葉を暗誦するたびに頭の片隅にフッと浮かんでくる川平慈英兄弟を消すにはJとJに何か意味付けが欲しいのだ。JapanJapanでもJoshiJoshiでもJaraJaraでもいい。どんなにくだらなくてもいいから。どうして同じのを繰り返してしまうんだろう。発音が同じなら元の言葉も一緒であって欲しいと思うのだろうか。そういう点でもキャンキャンがCanCanでなくCanCamだというのはやっぱり不思議なんだよね。

ホームページ辞典

このところ部屋の掃除ばかりしている。マツイ棒を買うかもしれない。掃除するたびゴミは増えるのに、部屋は全く片付かない。それに3分おきに懐かしいものが出てくるのだから、片付くはずもない。

なんと、懐かしの「ホームページ辞典」が出てきた。なつかしいなんてものじゃない。大学1年生の定番「自分のホームページをつくろう」という授業のために、今は亡き大衆書房で買った本である。その授業から、私はホームページを作るようになって、テレホーダイの時間が待ち遠しい日々が始まったのだった。その頃のまさに座右の書といえるのが、この本だった。いま読み返すと「こんなの見つけたら笑っちゃうよ」という感じのサンプルだらけなのだけど、当時はこれをなんども読み返したものである。

そのほかによく見ていたのはWiredのWebmonkeyで、しばしばサンプルを拝借した。いまはどこに行ったのだろう。そんなネットサーフィンをするうち、ホームページという呼び方がダサい和製英語であるということを知り、今後一切ホームページなんて呼び方はするまいと思った。それに我が家のプリンターがヒューレット・パッカード製であったこともあって、ホームページをHPと省略している人がどうしても好きになれなかった。HPをわざとらしく「エイチ・ピー」なんて読んでいたのも今となっては恥ずかしい記憶だ。いまだに「ホムペ」や「メーリス」という呼び方に馴染めないのもそのあたりに理由があるような気がする。

閑話休題、実はそろそろ私もサイエンティストとして「ホーム」ページを作ろうと思いはじめている。ホームページと言ってももう何年もはウェブログしかやっていないのでHTMLなんてさっぱり分からない。WordPressをCMSとして使うという手もあるのだけれど、どうしても機動性にかける。シンプル・イズ・ベスト。ここは「ホームページ辞典」が出てきたことだし「ホームページ」で行こう。進捗状況を報告するのでよろしく。