人間ドッグ

私はいつのまにか、人間ドッグという言葉が好きになったみたいだ。人間ドッグという文字につい目を止めてしまう。人間なのかそれともドッグなのか。人間なのにドッグなのか、人間のようなドッグなのか。もちろんどちらでもなく、人間ドックの間違いだ。そんなことを知っていてもつい気になってしまうのは、人間ドッグという言葉に私を惹きつける何かがあるからだろう。

グーグルはとても優しい。グーグルで「人間ドッグ」と検索してもきちんと「人間ドック」がヒットする。さすがグーグルだなあ、なんて思ってしまうところだ。しかし、いや、ちょっとまてよと思う。人間ドックにまぎれて人間ドッグがあるということは、もしかしたら人間ドックの間違いではない本物の「人間ドッグ」が紛れ込んでいるかもしれない。むしろそのグーグルのおせっかいのせいで、本物の人間ドッグを探している人が人間ドッグにたどりつけないいのでいるのではないかと思うのだ。

残念ながら本物の人間ドッグを私は知らないままだ。本物の人間ドッグを知っている方がいたら私に教えてほしい。

チェレステ

私がビアンキの自転車にのることになった理由はとても単純で、カッコイイと思ったということだけだ。10年ぐらい前に雑誌で見たビアンキの自転車に乗ったイタリア人は本当にかっこよかったのだ。少し濡れた石畳の上をスーツの紳士がチェレステカラーの自転車に跨っている姿はいまも脳裏に焼き付いている。いつかあんなふうに自転車に乗りたいと思ったものだ。

ところで「チェレステ」で画像検索するときちんとビアンキの自転車がヒットするのに、「celeste」と英語で(イタリア語で)検索するとダイナマイトなバディがヒットするのはなぜなんだろう。きっとCelesteさんなのだろうけど、「きちんと」してるのは実はむしろこっちなのだろうか。それはやはり複雑な気持ちになる。

暑い季節が終わったと思ったら急に寒くなって、自転車に乗るには風が冷たくなってしまった。だけどその名前の由来のとおり晴れた日にはもっと自転車に乗りたいと思う。